Interview / I I I I
デザインアーカイブの歴史と事例を知る
デザインの権利保護をめぐる複雑な状況とアーカイブへの期待
──生きたデザイン資源による産業振興

3Dスキャンを筆頭に、近年で急速に浸透が進んできたデザイン関連のテクノロジー。それらの活用状況の変化にともなって、関連する法律や制度なども日々盛んにそのあり方が検討し直されています。いっぽうで、その内容を正確に把握し続けられている人は、決して多くないのではないでしょうか。
弁護士の水野祐氏は、この10年あまりのあいだオープンソースライセンスやそれを用いたデザインとものづくりにかんして、最前線の現場を見つめてこられました。今回は氏へのインタビューをつうじて、「DESIGN デザイン design」プロジェクトにおける「デザイン資源」の法的な立ち位置や、デザインをめぐる権利保護の現状などについて伺いました。
デザインを保護する「著作権」と「意匠権」
──まずは「DESIGN デザイン design」において扱おうとしている「デザイン資源」というものの法律上の扱いについて伺えたらと思っています。デザイン資源というのは、造形物の3Dデータやそのクレジットといった周辺情報を想定していますが、それらは法的にはどのような位置づけになるのでしょうか。
「デザイン資源」を法的に定義している法律はないと思います。何をもって「デザイン資源」と呼ぶのかというのは、意外と難しい問題のように思いますが、いったん、デザインされた対象である物品等やそれらに関する情報だとして、デザインに関する情報については「著作権」と「意匠権」という二つの権利が関係してくることとなります。その二つはいずれも情報という無形の財産(無体財産)を法的に保護する「知的財産権」と呼ばれるカテゴリに属する権利です。
──そもそも、「著作権」と「意匠権」にはどのような違いがあるのでしょうか。
まず著作権は、人の思想または感情を創作的に表現したものに対して発生する権利です。これは登録料を支払ったり手続きをしたりすることなく、自然に発生するものです。デザインの領域で具体的にいえば、プロダクトデザインの外観以外のもの、すなわちその図面だったり、グラフィックや、ウェブ、テキストといった幅広い分野のものをカバーする権利となっています。いっぽうで、産業の振興のために一定の情報に独占権を与える「産業財産権」という分類の中に存在するのが意匠権です。これはもともと、工業製品などの物品の外観部分のデザインの保護を目的としていたもので、お金を払って登録・申請して初めて発生する権利となります。量産される工業製品などの実用品の外観のデザインは意匠権で、そうではないデザインは著作権で保護する、という棲み分けを前提に制度設計された背景があります。
プロダクトデザインをめぐる権利保護の複雑さ
ただ、 近年、著作権と意匠権はそれぞれ立法趣旨が異なるため棲み分けを厳密にしなくても一部二重に保護される範囲があっても問題ないという見解のもとで、著作権でプロダクトデザインを保護する裁判例が出てきたり、かたや意匠権のほうでも、ウェブやアプリケーションのインターフェースや3Dデータが一部保護されるように法改正がなされたりと、お互いがその範囲を少しずつ広げて棲み分けが以前より曖昧化してきている状況があります。以前は「意匠権がすでに切れていれば大丈夫だな」とか「著作権は発生しないし、意匠権も登録されていないから大丈夫だな」等と判断できた領域でも、「意匠権が切れていても、著作権が残っているのでは」とか「意匠権が登録されているのではないか」等と双方の権利をしっかり検討しないといけないため、より判断が難しくなってきているとは言えそうです。そして、その難しさはプロダクトデザインの3Dデータの取り扱いの是非に直接関わってくることになります。
──プロダクトデザインのようなものを対象として始まったという経緯上、意匠権というものは、その“形状”に対して適用されるということですよね。だからこそ、それらがデータ化された3Dの情報というものの扱いが複雑化している。こういった理解で合っているでしょうか。
はい、基本的にはその通りです。例えば、過去の家具の名品を再製品化したジェネリック家具等と呼ばれる製品については、元の名作家具については意匠権が取られていることも多いと思います。以前は20年間、現在の制度では25年間の意匠権が切れたのちにオープンソースとなり、権利保護の対象ではなくなる、というのが基本になります。
しかし、現在の議論では意匠権の保護期間が終了していても、場合によっては著作権でも保護される場合がそれなりにあり得るため、簡単には再利用できない状況が生じています。ただ逆に、プロダクトデザインを作る側からすれば権利的な保護期間を延長することにつながるなど、良し悪しどちらの面もあるわけです。
デザインの作家性や創作性はどこにあるか
──著作権の対象になるということは、実用品であるはずのデザインにも一種の作家性や創作性が認められるということでしょうか。
そうですね。著作権の分野では「実用品」とか「応用美術」といった言い方をします。くりかえしになりますが、そこに著作権が発生するかどうかの線引きはすごく難しいです。シンプルに言えば、作者の個性が発露しているかどうか、あるいは機能性を除いたときに単独で美的鑑賞性があるかどうか……。裁判例によって少し表現や考え方に揺らぎはありますが、そういった基準で判断されることが多くあります。
──なるほど。機能性と見た目のオリジナリティのようなものを分けて考えるようなことでしょうか。
はい、その通りです。著作権法はあくまで「創作性を保護する法律」だという建前があります。なので、機能的な要素を含めた設計上の意匠性というのは、個性の発露である創作・表現とは関係が遠いとみなされ、原則として著作権法では保護されないというのが基本路線です。ですから、機能性や意匠の部分に関してのみ意匠権で保護するというのが本来の棲み分け方だったんですね。
機能的なものや土着的なものの美しさを法律はどのように捉えるか
ただ、容易に想像できると思いますが、実用的な機能と美的な鑑賞性というのは峻別は簡単ではないわけです。また、複雑な状況を生み出している要因には、時代の美学があると考えています。特にわたしたちが生きている現代は、機能的なものが「美しい」とみなされやすい時代であり、機能性の追求と個性の発露は溶け合いやすいということです。「機能的であることは、作家の個性の発露を排除しないのではないか」といった考え方もありますから、意匠権と著作権の権利的な棲み分けを意識せずに、それぞれ保護範囲を別個に考えて両者で保護されることもあってよいと考えることは時代の要請に合っていますし、そうであるからこそ著作権保護の対象であると判断されるケースも出てきているのではないかと思います。
──もう少し文化的な観点から伺うと、工芸品や民芸品のような土着的なものについてはいかがでしょうか。企業が製造・販売するプロダクトと、法的な扱いにおいて違いはあるのでしょうか。
工芸品や民芸品をどれぐらいの年代のものと定義するかによりますが、 古いものや旧来のデザインに著作権は基本的に発生しづらいと思います。ごくシンプルな形状のものであればそもそも著作権が発生しないですし、仮に発生していたとしても、もう保護期間が切れている可能性が高いですね。そういった意味では、工芸・民芸に属するデザインというのは、誰もが無償で自由に利用できるパブリックドメインになっていることがほとんどだと考えられます。なお、製造している主体が企業であれ個人であれ、そうした違いによって著作権が発生しやすかったりそうでなかったりするといったことはありませんので、個人が制作しているか、企業が制作しているかで違いが出るということはありません。
「ライセンスやガイドラインが明確なオープンデータを」
──デザイン資源を普及させていくにあたって、「このデータを使ったことで剽窃だと認定されてしまうかもしれない」といった萎縮が利用者側に生まれてしまうのでは、という懸念もあります。利用者が事前にそういったリスクを見極めたり理解しておくことができたらいいなと思っています。このデザインアーカイブを今後どんなかたちで推進していくべきか、水野さんのご意見を伺えますでしょうか。
デザイン資源の活用については、著作権/意匠権だけでなく、不正競争防止法の観点からも検討しなければなりませんが、個人はもちろん、企業であっても、それらの観点を踏まえてどれが自由に利用できるデザイン資源なのかという見極めは簡単なことじゃありません。だからこそ、デザイン資源には利用条件が明確なライセンスやガイドラインを整備することが大切だと思います。オープンソース化されているデザイン資源の重要性はそこにあるのではないでしょうか。
──その他、「DESIGN デザイン design」プロジェクトに期待できそうな点がございましたらお聞かせください。
今回のプロジェクトには、デザイン資源の「アーカイブ」と「オープンデータ化」という二つの側面がありますよね。 前者に関しては、政策的にも少しずつ広がってきているという状況がありますし、数年前に立ち上がったデジタルアーカイブ学会では、アーカイブ促進の法制化についても議論や提言がなされています。このような組織と連携することができたら、可能性が拡がるんじゃないかと思っています。
後者の「オープンデータ化」については政府の政策的にはやや停滞している状況が見受けられます。たとえば都市の3Dモデルデータを整備・オープンデータ化して公開するウェブサイト「PLATEAU」(2020-)は、世界に誇れる先進的なプロジェクトになっていますし、文科省が公的資金を受けた研究成果についてオープンアクセス化(学術論文のオープン化)をデフォルトとしたり、オープンデータ化の議論や取り組みが各省庁で進んでいますが、オープンデータの機運自体がそれほどおおきく盛り上がってはいない気がしています。官民データ活用推進基本法では、国だけでなく、自治体・事業者の責務についても規定していますが、静岡県の「VIRTUAL SHIZUOKA」(2020-)のような一部の先進的な取り組みを除いて、自治体や事業者のオープンデータ化の機運はまだまだという印象です。
データ公開にとどまらぬプラットフォーム化をめざして
今日お話しするきっかけになるかなと思って持ってきた2冊の書籍がありまして、一つは私が翻訳者としても参加した『オープンデザイン 参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』で、この本はデジタルファブリケーション等の技術の進化を前提に、プロダクトデザインのオープンデータ化・オープンソース化の可能性を論じた2013年の本です。 もう一冊が元木大輔・DDAA LAB『Hackability of the Stool スツールの改変可能性』という本で、アルヴァ・アアルトがデザインした名作椅子スツール60の改変プロジェクトを一冊にまとめた本で、巻末で元木さんと私がプロダクトのオープンソースや改変の可能性について対談しています。
プロダクトデザインのオープンデータ化・オープンソース化の試みは以前から議論されてきていたことで、今回のプロジェクトとこれらの議論を接続することも大切ではないかと思います。 アーカイブは「単に公開されている」というところに留まりがちな印象があります。しかし特に公費を使ったプロジェクトに関しては、オープンソース化/オープンデータ化することが大事だと思います。無償で使えることは当然として、営利目的でも二次利用できる、自由に改変できることも含めたオープンソース性というものをしっかり確保して、セレンディピティというか、ある種の「よくわからない使われ方」に開かれている状態を作ることが、アーカイブをオープンデータの観点からみた一番の価値だと思います。
どんなデータが使えるようになるかにもよると思いますが、「あんなデータもオープンになっているんだ」という驚きのあるものがアーカイブに含まれていると、さらにいいですね。ほかにも教育現場での利活用など、何らかのユースケースが生まれてくれば、より盛り上がっていく気がしています。
──最後に、このプロジェクトで経産省に期待することがあれば教えてください。
近年のグッドプラクティスについてお話します。齋藤精一さんや若林恵さんが中心になって企画された「3dcel.(3D City Experience Lab.)」(2017-)のプロジェクトが思い起こされます。当初はわたしも「とても野心的ですばらしい取りくみだけど、長くは続かないのではないか……」という懸念も感じたものの、このプロジェクトで蒔かれた種が後年、見事に「PLATEAU」というかたちで国交省のプロジェクトへと昇華され、現在に続いています。また「PLATEAU」を起点に、都市政策関連のDX化がさまざまな形で触発されている状況もあります。
官民問わずさまざまな取り組みを刺激し産業振興を行うという点で、それはまさに経産省が担うべき役割のど真ん中ですよね。今回のデザイン資源のプロジェクトも、そういう存在になりうるポテンシャルがあると期待したいです。
※2024年12月時点のインタビューです。
プロフィール
水野祐(みずの・たすく)
弁護士(シティライツ法律事務所、東京弁護士会)。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。グッドデザイン賞審査委員。慶應義塾大学SFC非常勤講師。note株式会社などの社外役員。
テック、クリエイティブ、都市・地域活性化分野のスタートアップから大企業、公的機関まで、新規事業、経営戦略等に関するハンズオンのリーガルサービスを提供している。
著書に『法のデザイン──創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート社、2017)など。