Interview / I I I I
デザインアーカイブの歴史と事例を知る
3Dデータがつなぐクリエイティブコミュニティ
──現代的なデータフォーマットとインタフェースの探求

偉大なデザイナーたちの取り組みを新たな創作へとつなぐ。そんなクリエイティブコミュニティが、オープンデータを起点にして立ち上がろうとしています。3Dデータを用いたコンテンツやコミュニケーションが盛り上がりを見せる現代において、過去のデザインを3Dスキャンしたアーカイブはどのように構築され、継承されていくのか。そして、アーカイブをハブとして形成される文化や経済とはどのようなものか。「DESIGN デザイン design JAPAN Design Resource Database(以下、DESIGN デザイン design)」をはじめ、さまざまなオープンデータ・ウェブサイトを手がける木村浩康氏にお話を伺いました。
デザインと社会のつながりの可視化
──「DESIGN デザイン design」のように、データが潤沢に揃っているデザインアーカイブに誰もがアクセスできるとしたら、どのような影響があると考えられますか。
まず具体的なところからお話すると、デザインの探し方が変わると思います。従来では、ジャンルや作り手、メーカーといった情報から絞り込むようにしてデザインを探りあてていくことが一般的でした。豊富なデジタルデータからなるデザインアーカイブがあれば、色や寸法、体積といった、モノの特性そのものを検索項目にしてデザインを見つけることが可能になります。
また、時代や世代をまたぐデザインアーカイブをとおして、これまであまり意識されてこなかったデザイン資源と社会の関係性が、より明確に理解できるようになるでしょう。例えば、高度経済成長期において人々の生活や価値観を変えるきっかけとなったデザイン──ソニーのウォークマンやアップルのiPhoneなど──が生まれた時代背景を掘り下げることができます。さまざまなオープンデータと併せるなかで浮かび上がってくる文脈を参照することができます。
──ひとつのデザインから、その時代の生活風景や経済動向まで視野が広がるわけですね。
象徴的な例として、今回「DESIGN デザイン design」では柳宗理さんがデザインした「バタフライスツール」(天童木工)の3Dデータが公開されます。このプロダクトひとつとっても、1950年代のブラウン管テレビや黒電話といった家電や家具、あるいは当時の一般的な家族構成といった周辺環境と併せてデザインを捉え直すことができそうです。
デザイン産業のあり方そのものも時代とともに変化し続けています。ファッションやプロダクトといった造形の伴うデザインのみならず、ソフトウェアやサービスといった無形のデザインも含めて、さまざまな産業とデザインの紐付きかたを俯瞰できるような視点をアーカイブは与えてくれると思います。
オープンデータコミュニティが育むクリエイティビティ
──クリエイティブ産業での利用についてはいかがでしょうか。ものづくりや表現に関わるプロフェッショナルにとっても、アーカイブは新たな刺激やツールとして価値を発揮することになりそうです。
名作と称えられるバタフライスツールのようなプロダクトの立体スキャンデータがオープンソースというかたちで公開されることは、前代未聞とも言える取り組みです。オープンデータと3Dプリンタを活用することで、従来にはなかった形状や機能を持つ新たなバタフライスツールの試作が可能になるかもしれません。もしくは、私たちが想像もしないような二次創作──ある種の「間違った使い方」のアイデアがさまざまに生み出されることも期待したいですね。
──RhizomatiksとFlowplateauxは、これまでに多くのオープンデータに関するウェブサイトやコミュニティを手がけてこられましたよね。木村さんがこれまで携わった事例のなかで今回の「DESIGN デザイン design」の参考になりそうなものはありますか。
日本の美しさを再発見するためのフォトアーカイブサイト「FIND/47」は、二次創作を促すプラットフォームになっていると思います。これは日本全国のアマチュアフォトグラファーの方々が撮った47都道府県の風景写真をキュレーションし、オープンデータとして公開するものです。それらの写真をもとにしたカレンダーや電子書籍の写真集がいくつもつくられていきました。このウェブサイトが起点となって、日本の絶景をテーマにしたキー局のテレビ番組が生まれたこともあります。
さらには、クリエイティビティのポジティブな循環も生じていたことが興味深いですね。ここで生まれた派生作品を目にしたクリエイターが、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに基づくライセンス表記を辿って「FIND/47」を訪問してくるといった声も聞かれました。
──創作のモチーフや出典元を、当事者も第三者も辿れるような仕組みになっているのですね。文化と経済、双方の好循環にもつながりそうです。
物語作品やファンタジーのなかで描かれる造形は、現実に販売されているプロダクトそのものであることもあれば、現実からインスパイアされた二次創作であることもあります。そうした状況のなかで、オープンデータによってモチーフの正確な情報と権利がクリエイターに向けて適切に開かれていくような潮流を、「DESIGN デザイン design」はつくりだせるのではないでしょうか。つまり、クリエイターが既存のデザインや製品を「こっそり」ないし「なんとなく」引用するのではなく、また権利主体が一方的に規制するのでもない引用関係が可能となるのですね。
メディアとインタフェースの進化
──ハードウェアやネットワークなど3Dデータを扱う環境は近年着々と整備されてきているように思います。現代的なフォーマットやインターフェース、そこから生まれる体験には、どのような新しさがあるでしょうか。
まず、スキャンした3Dデータが高精細であればあるほど、肉眼では捉えられないような部位やスケールにアクセスすることができます。現実では重かったり大きかったりするモノを動かしたり裏返したりできる点で、3Dスキャンデータは有効です。また、メタバースと言われる仮想空間やゲーム世界のなかでも、立体物のデザインは求められています。バーチャルヒューマンのためのファッションデザインや三次元空間のなかで掲示されるポスターのデザインといった新しい産業が立ち上がるなかで、3Dスキャンデータの活用可能性は大いにあると言えます。
──バーチャルとフィジカルが併存する拡張現実の世界において、3Dスキャンデータはその橋渡しにもなり得そうです。
映画やドラマ、アニメといったフィクション作品のなかに広告商品を配置して消費者に訴求する「プロダクトプレイスメント」といったマーケティング手法は、これまでもさまざまに実践されてきました。今後、拡張現実がより浸透していく社会においては、バーチャルな空間に既存のデザインやプロダクトを配置していくマーケティングコミュニケーションがますます加速していくでしょう。例えば、平面的なポスターについても、紙やインクの厚み、印刷の具合といったモノとしてのリアリティをバーチャルに再現するうえで、高精細な3Dスキャンデータが参照されるシーンがあるはずです。
加えてお話してみたいのは、3Dデータの新たな形式についてです。現在私たちが扱っているOBJ形式のスキャンデータは「三次元の静止画」とも言える存在です。将来的にはFBX形式のような動きや時間軸を内包した「三次元の動画」というかたちでアーカイブが構成されていくかもしれません。静的なプロダクトであっても、そこには必ず人間との何かしらのインタラクションがあります。「ボタンを押す」といった、体験のなかで現れるデザインとのインタラクションを記録するフォーマットについては、Apple Vision ProのようなVRハードウェアの動向も視野に入れながら、議論を重ねています。
──木村さんがご専門とされているウェブサイトなどオンスクリーンのデザインの領域もまた、変化を受けている真っ最中であるように思います。
そもそも、サーバーやドメインの維持、開発言語の移り変わりなどの理由から、ウェブサイトを永続的に残すことは難しいという状況があります。ウェブサイトという保存が難しい領域に普段から触れている身として、今回の「DESIGN デザイン design」のようなアーカイブのためのウェブサイト構築にはつねにやりがいを感じます。
──今回とくに工夫された点について教えてください。
トップページをはじめとして、サイト内のビジュアル要素には、データベースに追加された事例が次々に反映されるような仕掛けを施しています。膨大なデザイン資源を包含し拡充を続けるウェブサイトとして、アーカイブの内容に合わせて表現が変化を繰り返すという仕様です。
文字表示については、フォントサイズを大きめに設定しています。スクリーンが大きくなればなるほどフォントサイズも大きくなるようなコーディングを施しており、文字サイズに上限を設けていません。スクリーンメディアの進化はめまぐるしいものです。予測不能な未来のスクリーンメディアに対して、現時点での均整や美しさの基準を当てはめたくないと思っています。アーカイブと同じように、ウェブサイトもまた、一時的な価値観に左右されない強度や普遍性を模索していくことが求められているのではないでしょうか。
アーカイブから広がるコミュニティ
──「DESIGN デザイン design」というアーカイブの発展に向けて、今後の展望を教えてください。
圧倒的な量を備えたデータベースをつくるということが第一にあります。名作と言われるデザインにはクリアしなければいけない権利の事情が多々あることから、技術的な課題以外にも目を向けなければいけません。
私たちは「DESIGN デザイン design」という仕組みをつくる立場であると同時に、二次創作を提案する立場でもあると考えています。3Dスキャンデータを活用するアイデアを、サイト内の事例紹介によってたくさん発信していきたいです。自分たちを含む作り手が「作りたい」という気持ちを発信しあうことを通じて、アーカイブをハブとしたコミュニティが広がっていくと信じています。少し先の未来として、このアーカイブに自身の作品が載ることを誇らしいと思ってくれるようなカルチャーが育ってくれたら嬉しいですね。
──デザインやクリエイティブ産業にとどまらないコミュニティにつながっていくことを期待したいです。学術的、産業的な視点での取り組みも徐々に拡充されていくのでしょうか。
冒頭にも触れた「デザイン資源と社会の相関」について、「DESIGN デザイン design」では「STUDY」というコーナーを設けています。時代や人物、地域/施設といった分類軸のみならず、GDPや為替、幸福度といった社会環境や経済動向などを指標に構成した包括的なデータベースとなることを目指しています。さまざまな指標とデザインを併せ見ながら、デザイン資源のアーカイブそのものの持続可能性や活用可能性をさまざまな立場の人と探っていくことで、新たな発見につながれば、と考えています。
※2025年2月時点のインタビューです。
プロフィール
木村浩康(きむら・ひろやす)
アートディレクター / Webデザイナー
技術と表現の新しい可能性を探求し、研究開発(R&D)要素の強い実験的なプロジェクトを中心に、人とテクノロジーの関係について研究しながらデザインプロジェクトや作品制作を行うクリエイティブコレクティブ「ライゾマティクス」に所属するデザイナー。デザインワークにおいては、印刷物からオンスクリーン(デジタルメディア)まで一貫したアートディレクションを手掛ける。文化庁メディア芸術祭最優秀賞など多数受賞